韓国ドラマを見ていると、必ずと言っていいほど見かける女優さんがいます。
それがキム・ヘスクさん。
「あっ、この人また出てる!」と思った経験がある方も多いのではないでしょうか。
私も『冬のソナタ』や『賢い医師生活』で彼女の演技に釘付けになりました。
韓国では「国民の母」と呼ばれるベテラン女優として、圧倒的な存在感を放っています。
今回はそんなキム・ヘスクさんの若い頃から現在に至るまでの軌跡を、詳しく見ていきましょう。
キム・ヘスク、若い頃から光る演技力と成長の軌跡
キム・ヘスクさん、シン・ミナさん、カン・ギヨンさん等好きな俳優さんしか出ていない「母とわたしの3日間」鑑賞。韓国の田舎の景色や美味しそうなご飯、心を打たれるお話全てよかった😭ほんの数分でもいいから、こんな時間を亡くなった人と過ごせたら..と思いながら観てた🥲💕 pic.twitter.com/mnOkgtX1Zx
— mjdyuka🇬🇧🇯🇵 (@yukanagomin) May 25, 2024

どんな経歴なのかな?
デビュー当時のプロフィールと芸能界入りのきっかけ
キム・ヘスクさんは1955年12月30日、韓国の釜山で生まれました。
慶熙大学の看護学科に在籍していた彼女ですが、将来の方向性がなかなか定まらなかったといいます。
そんな中、1974年のある日の出来事が彼女の人生を大きく変えたのです。
友達に誘われて「なんとなく」応募したMBC公募採用タレント募集。
これが運命の分かれ道となりました。
驚いたことに書類審査を通過し、2次審査へと進むことに。
女手一つで娘を育ててくれた母親が、オーディション用にワンピースを買ってくれたエピソードは今も心に残っているそうです。
母親の温かい応援を背に受けて臨んだ審査で、見事合格。
1975年、MBC第7期公募採用タレントとして芸能界デビューを果たしました。
同年放送のテレビドラマ『第三教室』が記念すべきデビュー作となります。
翌1976年には映画『怒れる林檎』にも出演し、順調なスタートを切りました。
新人〜中堅期に培った演技力と代表作
しかし順風満帆に見えたキャリアは、1978年の結婚を機に一時中断します。
長女と次女を出産し、母親としての生活に専念する日々。
でも、彼女の心の中では常に演技への情熱が燻っていたといいます。
「いてもたってもいられなかった」と後に語っているように、女優への想いは消えることがありませんでした。
そして1980年、ドラマ『百年之客』で主演として見事復帰を果たします。
このドラマが大ヒットし、キム・ヘスクの名前は再び注目を集めました。
その後は『校洞の奥様』『花輿』など、1980年代を通じて着実にキャリアを積み重ねていきます。
1990年代に入ると『ソウルの月』(1994年)や『告白』(1995年)などに出演。
地道に実力を磨き続けた彼女は、徐々に演技派女優としての評価を確立していったのです。
演技派女優としての転機と飛躍
まさか国民の母とチャンミンのお写真が上がるとは✨️嬉しいです🥹キム・ヘスクさんにこれまで何人のお母さん役やったか聞いてみたい pic.twitter.com/s2JS3zIwFF
— 𝒄𝒉𝒐𝒄𝒐𝒄𝒉𝒐𝒄𝒐🍫𝒕𝒂𝒏𝒎𝒊𝒏 (@ndb0Dkv6kCrk15h) December 5, 2023

事業でうまくいかず苦労したんだね
脇役時代の苦労と積み重ねたキャリア
実は、40代のキム・ヘスクさんには大きな試練が訪れます。
事業に手を出したものの経営が傾き、失敗に終わってしまったのです。
借金返済のために、地方の営業など選り好みせずに働く日々。
プライドを捨て、ひたすら仕事をこなす苦しい時期でした。
しかし私は、この経験こそが彼女の演技に深みを与えたのではないかと感じています。
人生の酸いも甘いも知ったからこそ、母親役や苦労する女性の役に説得力が生まれたのでしょう。
脇役として多くの作品に出演し続けた彼女は、決して表舞台の中心ではありませんでした。
でも、どんな小さな役でも手を抜かない姿勢が、共演者や監督たちの信頼を得ていきます。
「キム・ヘスクと共演したい」という声が業界内で高まっていったのは、この時期の地道な努力があったからこそです。
評価を決定づけた転機の作品
そして迎えた2000年代、キム・ヘスクさんに大きな転機が訪れます。
2000年放送の『秋の童話』は、韓流ブームの先駆けとなった名作です。
この作品で母親役を演じた彼女の自然な演技が、日本でも注目を集めました。
続く2002年の『冬のソナタ』では、主人公ユジンの母親イ・ギョンヒ役を熱演。
ヨン様ブームに乗って、日本でもその顔が広く知られるようになったのです。
韓国国内でも、2000年と2004年にKBS演技大賞で助演女優賞を受賞。
そして2005年『拝啓、ご両親様』では、ついに最優秀演技賞(女優)を獲得しました。
これは彼女にとって大きなターニングポイントとなったと考えられます。
2009年公開の映画『渇き』では青龍映画賞助演女優賞を受賞し、映画界でも確固たる地位を築きました。
2012年の『10人の泥棒たち』でも大鐘賞助演女優賞を受賞するなど、受賞歴が証明する実力派女優へと成長したのです。
母親役で国民的女優に!多くの視聴者に愛される理由
シュドルにて
— けこにゃん🧸(´。• J •。`)⊃🐶 (@Happy_Kbambi) December 5, 2023
チャンミン
僕は初めてお目にかかるのですが、ドラマを見ているようで不思議な感じです
キム·ヘスクさん
私は東方神起の歌がとても好きです。チャンミンさんが好きなんです。だから私は凄く緊張しています
チャンミン
僕の名前を知ってくださっているだけでも驚いてます pic.twitter.com/SUaQklIttP

母親役をやらせたら右に出るものはいないんじゃない!
国民的”母”と呼ばれる代表作と存在感
2010年代に入ると、キム・ヘスクさんは「国民の母」「国民オンマ」という愛称で呼ばれるようになります。
2010年の『美しき人生』では、家族を支える強い母親役を熱演。
2011年『アンニョン!コ・ボンシルさん』では主演を務め、その演技力の幅広さを見せつけました。
2014年『ピノキオ』、2017年『師任堂、色の日記』と、次々とヒット作に出演。
特に2020年からの『賢い医師生活』シーズン1・2では、主人公たちの母親世代として温かい存在感を放ちました。
私もこのドラマで彼女の演技に心を打たれた一人です。
台詞の一つひとつに重みがあり、画面に映るだけで安心感があるんですよね。
2022年には時代劇『シュルプ』で大妃役を演じ、母親役以外の幅広い演技力も披露しました。
このように多様な役をこなしながらも、やはり母親役での評価が圧倒的です。
韓国ドラマに欠かせない存在として、現在も第一線で活躍し続けています。
共演者との信頼関係と視聴者に響く演技の魅力
キム・ヘスクさんの魅力は、演技力だけではありません。
共演者からの信頼が厚いことでも知られています。
ウォンビン、ソン・ヘギョ、キム・ヒスンなど、韓国を代表するトップスターたちが彼女との共演を希望するほどです。
その理由は、気さくで温和な性格と仕事への真摯な姿勢にあるといわれています。
撮影現場では後輩俳優たちの相談に乗り、時には厳しく、時には優しくアドバイスをするそうです。
まさに現場でも「オンマ(お母さん)」のような存在なのでしょう。
視聴者に響く演技の秘訣は、彼女自身の人生経験にあると私は感じています。
二人の娘を育てた実際の母親としての経験。
事業失敗から這い上がった苦労の日々。
これらの経験が全て演技に深みを与えているのです。
インタビューで彼女は「演技が好きで幸せ」と語っています。
趣味は「バンコク(部屋に引きこもるの略語)」で、仕事と趣味が紙一重という徹底ぶり。
カトリック信者として2014年には広報大使も務めるなど、人間としての誠実さも魅力の一つです。
「国民の母」という呼び名は、単なる役柄のイメージではなく、彼女の人間性そのものを表しているのかもしれません。
70歳を迎えた現在も、『力の強い女カン・ナムスン』『京城クリーチャー』など次々と新作が控えています。
その旺盛な仕事ぶりには、本当に頭が下がる思いです。
まとめ
キム・ヘスクさんの人生は、まさに努力と忍耐の結晶といえるでしょう。
何となく応募したオーディションから始まった女優人生。
結婚、出産による休業、そして復帰とブレイク。
40代での事業失敗と借金返済という苦難を乗り越え、50代以降に真の評価を得た彼女の軌跡は、多くの人に勇気を与えてくれます。
脇役として地道にキャリアを積み重ね、気づけば「国民の母」として愛される存在に。
共演者からの信頼、視聴者からの支持、そして数々の賞という形で実力が認められた今も、彼女は謙虚に演技に向き合い続けています。
これからも韓国ドラマに欠かせない存在として、私たちに素晴らしい演技を届けてくれることでしょう。
彼女の出演作を見るたびに、人生の深みと温かさを感じることができるのは、きっと私だけではないはずです。


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